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2-24 月夜とビール 2

last update Huling Na-update: 2025-05-05 09:49:50

 その頃、航は1人興信所のビルの真上の部屋で外の景色を見ながら缶ビールを飲んでいた。

勿論飲んでいたのはオリオンビール。航はあの時以来ずっと自分でビールを買って飲むときはオリオンビールと決めていた。

興信所のビルは5F建ての雑居ビルになっていて、1F〜3Fまでが小さなオフィス仕様の作りで、安西弘樹興信所以外にも不動産会社や小規模の企業等が入居していた。そして4F〜5F迄が1Kの賃貸アパートになっているのである。

勤務場所が真下にあるので、航にとってはこれ以上ない職場環境ではあったが、調査員という特殊な職種である為に浮気調査等の依頼が入っている時は、部屋を何日も不在にするのはざらだった。なので航の部屋には生活に必要な最低限の物しか置いていなく、私物の殆どは下の事務所に置かれている。その為に父親の弘樹からは事務所を私物化するなと再三にわたり注意を受けていたが、航は一向に構わず聞く耳を持たなかった。

 今夜は上弦の月である。

ビル群に囲まれた上野は空があまり大きく見えない。航は月を眺めながため息をついた。

「沖縄の空は綺麗だったな……。朱莉……今頃何してるんだろう……」

航は夢を思い描いていた。いつか、朱莉が鳴海翔との離婚が成立すれば、自分の思いを朱莉に告げる。そして朱莉がもし受け入れてくれたなら2人で沖縄に移住して、航は自分の興信所を立上げて朱莉と家族に……。

その時、突然航のスマホが着信を知らせる音楽が鳴った。

「……誰からだ?」

航はスマホを眺めて、顔が曇った。電話の相手は京極からだった。

「もしもし……」

『こんばんは。安西君。元気にしてたかな?』

「ああ、お陰様でな。あんたからもう朱莉と会ってもいい許可を貰えたからな」

『それは感謝の言葉と受け取ってもいいのかな?』

「俺が感謝してるとでも思っているのか? 勝手に朱莉に接近禁止令を出したかと思えば今度は朱莉に連絡を入れてもいいだとか訳の分からないことばかりいいやがって」

『訳が分からない? それは以前にも言っただろう? 朱莉さんの周りにはマスコミが張り付いていたから、君には一旦朱莉さんから離れて貰うって。朱莉さんをマスコミの餌食にしたくはないだろう?」

「ああ、そんなのは当然だ。朱莉は鳴海グループの被害者だからな」

『そうだよ、朱莉さんのことが大切なら君はあの場で身を引いて正解だったんだよ。鳴海グループがあ
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  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-15 貴女の味方です 1

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